【ダントツの注目度】デロリアンDMC -12 英国版中古車ガイド 部品供給は安定

公開 : 2021.08.20 08:25

バック・トゥ・ザ・フューチャーで一躍有名になったデロリアン。英国の工場で製造されたガルウィング・スポーツクーペの魅力を、英国編集部がご紹介します。

チャップマンとジウジアーロの関与

執筆:John Evans(ジョン・エバンス)
翻訳:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
錆びないステンレス製ボディに、堅牢なメカニズム。部品の供給体制は、最近になって急速に整えられてきた。デロリアンDMC-12は、クラシックカーとして今後も有望な存在のままだろう。

もし強く心が惹かれるのなら、躊躇しない方が良い。1981年に英国ベルファストの生産ラインを1台目が旅立ってから40年。アニバーサリー・イヤーを経て、良好な状態のデロリアンの価値は上昇し始めている。

デロリアンDMC -12(1981〜1982年/欧州仕様)
デロリアンDMC -12(1981〜1982年/欧州仕様)

先月開催されたオークションに、1982年式のデロリアンが出品された。走行距離は9万8100kmで、落札価格は2万6000ポンド(400万)から3万5000ポンド(539万円)の間だろうと予想された。

しかし、ハンマーが降ろされたのは4万2750ポンド(658万円)。3万9000ポンド(600万円)から2人のバイヤーで競り合いとなり、250ポンド(3万8000円)毎に入札が重ねられ、最終的に決着した金額だ。

自動車のオークションでは、リスクがつきもの。競り勝った落札者が、手に入れたDMC-12に満足していることを願っている。

デロリアン誕生の背景には、ハリウッド映画級のストーリーがある。景気の良いゼネラル・モーターズの重役、ジョン・デロリアンは、彼が理想とする2シーター・スポーツカーの開発を目指して独立。

サスペンションとシャシーの開発ではロータスのコーリン・チャップマンへ協力を仰ぎ、デザインはジョルジェット・ジウジアーロに依頼した。その結果、V6エンジンをミドシップした、ガルウィングのステンレスボディが誕生する。

まだ6500台がアメリカに現存している

当時、雇用問題を抱えていた北アイルランドに悩んでいた英国政府をジョン・デロリアンは説得し、融資を獲得。工場の新設も含めて、プロジェクトに巨額の資金が投じられた。

ところが完成車の製造品質もパフォーマンスも、高いとはいえなかった。さらに、民間企業の支援に反対的な政権が選挙で選ばれた。トドメは、資金調達を進めていた最中での、ジョン・デロリアンの麻薬疑惑。彼の夢は打ち砕かれた。

デロリアンDMC -12(1981〜1982年/欧州仕様)
デロリアンDMC -12(1981〜1982年/欧州仕様)

それ以降も複雑な法的措置が取られるが、幸いにも数千台のデロリアンDMC-12が残っている。生産台数は9000台程度だったが、アメリカの道を、まだ6500台ほどが走っているようだ。

部品の供給体制も整っている。オリジナル部品は、テキサスのサプライヤーによって供給が続けられている。英国ノーフォークにも、デロリアン・ゴー社がある。世界第2位の、DMC-12用部品のサプライヤーだ。

英国には、350台から400台のデロリアンが走っていると考えられている。そのすべてが、海外からの並行輸入。複数オーナーが多いが、売買される時はスムーズに走れる状態のことが多い。

すべてのデロリアンは左ハンドル車として製造されたが、一部は右ハンドル車へコンバージョンされている。トランスミッションは7割が5速MT。残り3割は、3速ATが組まれている。

ミドシップする2.8LのV6エンジンは、最高出力131ps。正直非力だから、タイムワープするのは難しい。それでも、デロリアンに3万ポンド(462万円)を投じる勇気があれば、50倍の値段のパフォーマンスカーに匹敵する注目を集められるだろう。

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