【最新トルクベクタリング検証】前編 ホットハッチ進化の立役者 LSDより自在 ドリフトモードも
公開 : 2021.09.25 11:05
ハイテク駆動系デバイスの代表格、トルクベクタリングをクローズアップ。なかでもハイパワーなホットハッチに積まれるアクティブ制御のシステムを深掘りします。機械式より融通が効き、ブレーキ式より効率的なメカニズムです。
進化したホットハッチ
いつもながら、見出しは誤解を招くものだ。2021年の自動車業界において、今回のテーマから思い浮かべる存在は、無意味にパワフルなメガEVや、スーパーカー並みのエンジンを積んだSUVだけではない。
せいぜい一過性で、最悪の場合は不合理的でさえありつつ、自動車がレベルアップできることを示し、よりドライバーを鼓舞して走らせ甲斐を感じさせてくれる例は、もっと身近に見つけられるはずだ。もしかしたら、自宅の車庫にあるかもしれない。
そう、われわれが話しているのは、ホットハッチのことである。なお具体的に言えば、より手の込んだ、四輪駆動でなんでもできるタイプのそれだ。それらによって、このジャンルは思いがけない方向へと進むことになった。
その端緒が、アクティブリアアクスルトルクベクタリングだ。これにより、ファミリーカーたるハッチバックで、パワーオーバーステアを引き出すというパラドックスのような領域を体験できるようになったのである。
過去5年ほどで使われるようになり、いまやいくつかのビッグネームもそれを採用する、ホットハッチカテゴリーにおけるトルクベクタリング技術の発展ぶりには、まさしく二度見するほど驚かされる。
アウディRS6やその類が速さを増すのも、ロールス・ロイスがますます眠気を誘うような快適性を高めるのも、予測の範囲内だ。ランドローバー・ディフェンダーが、いずれマリアナ海溝を渡れるようになっても納得するかもしれない。しかし、フォルクスワーゲン・ゴルフでアリ・バタネン顔負けの走りができるようになるなんて、誰が想像できただろうか。
だからこそ今回、トルクベクタリングを備える3台のホットハッチと、日本生まれのスペシャルゲストを、スラクストンサーキットのスキッドパッドに持ち込んだのだ。それらのテールハッピーな駆動系がどんな走りを見せるのか、そしてカタログの煽り文句通りの効果を発揮するのか確かめるためである。
パワーウォーズを支える技術
どうしてホットハッチにトルクベクタリングが与えられたのかを考えるほどに、それが理に適っていると思えてくる。スーパーサルーンのパワーウォーズには凄まじいものがあり、たとえばBMW M5の場合、20年前なら400psでも面食らったのに、今では600psを超える。ところがホットハッチは、同じくらいのパワーアップをより急速に遂げているのだ。
2002年に登場した初代フォード・フォーカスRSは215psだったが、これが狂気の沙汰に足を踏み入れるボーダーラインだと思われていた。しかしながら、今回試乗するメルセデスAMG A45 Sは、ほぼ倍の422psを発生する。これは、20年前ならポルシェ911ターボに匹敵するのだ。
馬力が現実離れしているとさえ思えるほど高まり、エミッション規制で4気筒のダウンサイジングターボからさらなるエンジン性能を引き出すのが難しくなっている中にあって、メーカーはスピードからハンドリングへとセールスポイントを移行するというソリューションを編み出した。
これは、なかなか賢い解決策のように思える。ハッチバックに4秒を切る0-100km/h加速を本当に求めているユーザーなどいはしないのだから。しかし、後輪主導のハンドリングなら、そうではないだろう。
ロードカーへのトルクベクタリング導入は、1990年代へ遡ることができる。トルクの流れを操作できるので、状況に応じて各輪を個別のレベルで駆動できる。旧来のLSDもそうではあるのだが、トルクベクタリングはもっとフレキシブルだ。
LSDは二輪間のトルク分配を行い、よりグリップのあるほうへ送るが、前もって方向が決められていて、その程度も限定的だ。ブレーキベースではないアクティブトルクベクタリングは、もっと極端だ。状況に反応するのではなく、状況を先読みして作動し、必ずしも有機的で自然なものではないが、運動性能を強調した挙動を引き起こす。
ニューウェーブの4WDホットハッチを支えているのが、まさにこのテクノロジーだ。積極的に後輪の駆動力を左右どちらかへ割り振り、片側へ100%伝送できるものもある。その能力が、このシステムのもっとも顕著な部分だ。
もしもコーナリング時に、外側の後輪へかなり多く駆動力が送られた場合、それがリア優勢のハンドリングの基礎になる。横置きFFベースのハッチバックとしては、マジックのトリックのようだ。これに関して、メーカーは協調する技術を盛り込んでいるが、そのほとんどはここでは添え物程度だ。