誰も知らないスーパーカー 50選 前編 ひっそりと消えた不運な珍車・名車

公開 : 2021.11.27 06:05

誰もが夢見るスーパーカー。ですが、世の中には脚光を浴びることなく消えていったモデルが数多く存在します。

夢のままに終わったスーパーカーたち

大金を投じて超高級車を購入するのであれば、そのクルマには価格相応の「ブランド」を期待するものだ。どんなクルマを買うときでも、ブランドはある程度重視されるものだが、スーパーカーに限って言えば極めて重要なものなのだ。

過去数十年の間に、スーパーカーを世に送り出そうとして新しいブランドが次々と誕生したが、長く存続した例はほとんどない。数多のスーパーカーブランドが誕生しては消えていった。今回は、そんな失敗作の一部を紹介する。

既成の概念にとらわれない「ぶっ飛んだ」規格のクルマも数多い。
既成の概念にとらわれない「ぶっ飛んだ」規格のクルマも数多い。

クルマ自体がどれだけ優れていても、時期や資金、競合、市場、運など、さまざま理由で日の目を見ることなく姿を消すことがある。たまには彼らのことを思い出し、機会があれば会いに行くのもいいだろう。街中ですれ違うことはまずないだろうが、博物館やイベント、レースなどで出会えることもある。

モンテヴェルディ・ハイ(1970年)

高級スーパーカーといえば、モンテヴェルディ・ハイ(Monteverdi Hai)ほどレアなものはない。故ペーター・モンテヴェルディがデザインしたこのクルマは、わずか2台しか製造されなかった。

クライスラーの7.0L V8ヘミエンジンを搭載し、最高出力456ps、最高速度290km/hを発揮するようにチューニングされていた。エアコンやレザートリムなどを装備した豪華なスーパーカーであったが、製造品質が十分ではなかった。

モンテヴェルディ・ハイ(1970年)
モンテヴェルディ・ハイ(1970年)

ちなみに車名のハイとは、ドイツ語で「鮫」を意味する。

アーガイルGT(1976年)

1976年、ボブ・ヘンダーソンがスコットランドでスーパーカーを作ろうとしたときは、オイルショックで計画がすぐに頓挫するとは思いもしなかっただろう。プロジェクトが本格的に始動するのは1977年、最初の個体が完成するのは1984年になってからだ。

その頃には、予定されていたV8ツインターボが2664ccのV6ターボに格下げされたため、顧客は興味を失ってしまったのである。

アーガイルGT(1976年)
アーガイルGT(1976年)

パンサー・シックス(1977年)

1970年代後半、血中ガソリン濃度が高めの少年の部屋には、この狂ったハイパーカーのポスターが貼られていた。6輪のレイアウトとキャデラック製8.2L V8ツインターボを後部に搭載したこのクルマは、まさにクレイジーなモンスターであった。

わずか2台しか製造されず、それぞれが最高速度320km/hの性能を持っていたとされるが、誰もそれを確認することができていない。1台はレストアされて欧州に現存するが、もう1台(モーターショー用)は数年前に姿を消し、中東のどこかに潜んでいると言われている。

パンサー・シックス(1977年)
パンサー・シックス(1977年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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