なぜ水素は「未来の燃料」ではなくなったのか? 脱炭素目指す自動車メーカーが手を引く理由

公開 : 2022.01.29 06:05  更新 : 2022.11.01 08:41

多くの自動車メーカーが脱炭素を目指していますが、水素に注目しているのはごくわずか。その理由を考えます。

未来の燃料のはずが… なぜ普及しない?

水素燃料電池電気自動車(FCEV)は、今まさに大舞台に登場するはずだ。欧州諸国を筆頭に、2030年から新車のICE車を順次禁止していくことが決まっている中、ガソリン車とディーゼル車には厳しい目が向けられている。

2030年にICE車を禁止する英国政府は、排出量削減のため低炭素水素の製造に力を入れている(2030年までに年間5GW分の製造能力を確保する計画が昨年発表されたが、これは原子力発電所2基分の出力に相当する)。またFCEVは、ICE車からの移行に伴う航続距離や充電への不安を解消してくれる。では、FCEVは今どこにいるのだろうか?

トヨタは市販車のミライを始め、水素利用に大きなリソースを投じてきた。
トヨタは市販車のミライを始め、水素利用に大きなリソースを投じてきた。

当の英国では、主要自動車メーカーからわずか2台のFCEV(トヨタ・ミライとヒュンダイ・ネッソ)を購入することができる。昨年は、ミライが10台、ネッソが2台新車登録されただけだった。一方、バッテリー式電気自動車(BEV)は19万727台販売され、全体の12%を占めた。

水素燃料電池は数十年にわたり研究が行われているにもかかわらず、多くの自動車メーカーがこの技術から手を引いている。

ホンダは昨年、需要が少ないことを理由に、クラリティ・フューエルセルの生産終了を発表した。2020年には、メルセデス・ベンツが高コストを理由に、長年続けてきた「F-Cell」計画を中止した。

ゼネラル・モーターズは、水素燃料電池の用途を広げ、「陸・海・空」への導入を目指している。ジャガーランドローバーは昨年4月、排出量削減プログラムの一環として年末までにディフェンダーFCEVをテストすると発表したが、10月に燃料電池部門責任者のラルフ・クレイグ氏を失い、後任者の有無やテストの進捗については口を閉ざしたままだ。

そして、燃料電池を最も強力に推し進めてきたトヨタでさえ、この技術に対する野心を自動車から遠ざけている。欧州トヨタのマット・ハリソン社長はインタビューで、「乗用車の場合、正直なところ、燃料電池に大きなチャンスがあるとは思いません。(2030年までに)年間数千台といったところでしょう」と語っている。

では、何が問題なのだろうか。

立ちはだかる課題 大型商用車に光

FCEVは長い間、複数の問題に阻まれてきた。その最たるものが、水素補給インフラの不足である。例えば、英国には現在14基の水素ステーションがあるのみ。2000年代にトヨタがハイブリッド車に挑戦できたのは、新しいインフラを必要としなかったからだ。水素が身近な存在にならなければ、FCEVの魅力は失われる。

英国水素燃料電池協会(UK Hydrogen and Fuel Cell Association)のCEOであるセリア・グリーヴス氏は、BEVに焦点を当てすぎた英国政府にも責任があると主張する。「水素燃料電池のインフラと充電器とでは、サポートのレベルが桁違いです」

水素エンジンを搭載したトヨタ・カローラ
水素エンジンを搭載したトヨタ・カローラ

それから価格の問題もある。韓国の自動車メーカーであるヒュンダイは昨年、FCEVがBEVと同等の価格になるのは2030年と発表したが、バッテリーメーカーが今後8年間、立ち止まることはないだろう。

トヨタやホンダなども参画する水素協議会(Hydrogen Council)は、燃料電池(および最も環境に優しい水素を製造する電解槽)に必要なプラチナとイリジウムを、リチウムイオンバッテリーに必要なコバルトやニッケルと同等としている。しかし、バッテリー技術の進化によりこうした金属の必要性が徐々に減り、燃料電池に課せられたコスト目標はどんどん厳しいものになっている。

トヨタは、既存の内燃エンジンに水素を燃料として使用する研究を行っているが、ハリソン氏によると、この研究は今のところモータースポーツを対象としているという。「モータースポーツでの実験を経て、他のエンジンへの応用が可能かどうか、その判断はまだ先です」とハリソン氏。

しかし、乗用車用の燃料電池への期待が薄れる中、商用車、特にトラックでは現実のものとなりつつある。「水素燃料電池は、乗用車ではあまり期待されていない。しかし、航続距離と燃料補給の利点から、大型車は以前からこの技術の潜在的用途となってきた」と、市場調査会社IDTechExはEVの動向に関する最近の報告書に記している。

ヴォグゾールは来年、航続距離400kmの商用バン、ビバーロeハイドロゲンを発売する予定であり、ルノーは2023年に燃料電池バンを販売することを約束している。一方、水素トラックについては、ヒュンダイ、ダイムラー(ボルボと提携)などが研究を進めており、中国のハイゾンはすでに生産を開始している。

欧州トヨタはベルギーの研究開発センターで燃料電池を製造し、ポルトガルのバスメーカー、カエタノなどに供給しようとしている。英国では、ライトバスがロンドン交通局などの顧客向けに水素バスを製造している。

現在、提唱されているのは、いつの日か、今よりもずっと手間をかけずに燃料電池車を運転できるような「水素社会」の実現である。グリーヴス氏は、「今後10年間で水素がエネルギーの中心になると思います。これは、燃料電池車を再び議題に上げ、生産規模を拡大し、流通コストを削減する機会となるのです」と語る。

しかし、FCEVがBEVに奪われた勢いを取り戻すことができるかどうかは、重要な問題である。

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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