ACコブラの末裔 Mk IVとライトウエイト ACスーパーブロワーにAC CRS 前編
公開 : 2022.02.20 07:05
短命ながらも、傑作として語り継がれるACコブラ。その末裔と呼べるモデル4台を、英国編集部が乗り比べしました。
最もオリジナルに近いオートクラフト社
英国のACカーズ社と、北米のシェルビー・アメリカン社による共同で誕生した、ACコブラ。キャロル・シェルビー氏は、自らのデモ車両を塗装し直すことで、実際以上に大きなプロジェクトであるように見せていたという。
1962年に始まったオリジナルのコブラの製造は、1969年のAC 289スポーツで終了してしまう。しかしそれ以降も、強く感化された人たちによって、レプリカやオリジナルを装った偽物が作られてきた。その数は、混乱するほどに多い。
ACカーズ社とシェルビー社が、コブラのために再び協力することはなかった。しかし末裔としては、オートクラフト社によるMk IV ACコブラが、最もオリジナルに近く正しい血統を持つといえるだろう。
オートクラフト社を創業したのは、ブライアン・アングリス氏。過去にコブラ・パーツ社という社名でコブラのレストアや部品販売を手掛けていたが、1982年にACカーズ社からテムズ・ディットンの工場や従業員、設計図などを取得し、事業を改めた。
ACという名称は、当時のACカーズ社のオーナー、ハーロック家により、1986年から使用が許されている。その結果、ACコブラという名前を復活させた、フォード社とのジョイントベンチャーへ発展した。
一方でシェルビーも、独自のコブラを制作。こちらも極めて高い評価を得ているものの、当時はオートクラフト社との対立を隠せないでいた。
Mk IIIからの派生となるMk IV ACコブラ
多くのレプリカが作られるほどの地位を築いたACコブラだが、今回はオリジナルからの直系4台を揃えてみた。先出のMk IV ACコブラのほか、ACコブラ・ライトウエイトは、オートクラフト社製。ACスーパーブロワーとAC CRSは、ACカー・グループ社製だ。
すべてのクルマは、オートクラフト社と関わりの深い、レッドライン・エンジニアリングUK社からお借りした。ここでお礼を申し上げたい。
レッドライン社を創業し、代表を務めるニール・フィッシャー氏は1990年にオートクラフト社へ入社。当初はレーシングバイクの事業に関わっていたが、2001年に独立している。アングリスとも良好な関係にあるという。
「オートクラフトは素晴らしい会社で、アングリスも理想的な上司でした。入社時は70名くらいの従業員でしたが、ブルックランズ・エースというクルマを開発した頃は110名へ増えていました。わたしがコブラに関わるようになったのは、21歳からです」
この4台では、レッドのコブラがMk IV。オートクラフト社として初めてのコブラだ。シャシー番号AK01の第1号車だが、作られたのは量産が始まる前の1978年。1996年までに450台が作られた。GMの副会長、ボブ・ラッツ氏もオーナーの1人だという。
設計としては、コブラMk IIIからの派生となる。サスペンションは横置きリーフスプリングではなく、前後ともコイルスプリングの独立懸架式。Mk IIより1インチ(約25mm)太い、4インチ(約102mm)のパイプを用いたラダーフレームが組まれている。