ピニンファリーナの美しいデザイン 35選 大衆車からスーパーカーまで
公開 : 2022.03.26 06:05
カロッツェリア・ピニンファリーナが生み出した伝説的な自動車を紹介。今見ても色褪せない不動の名車です。
もくじ
ー90年以上の歴史 傑作選
ー1935年:アルファ・ロメオ6Cペスカーラ
ー1936年:ランチア・アストゥーラ
ー1947年:チシタリア202
ー1952年:ナッシュ・ヒーレー
ー1955年:アルファ・ロメオ・ジュリエッタ・スパイダー
ー1953年:フィアット1100TV
ー1955年:プジョー403
ー1955年:ランチア・アウレリアB24スパイダー
ー1958年:オースチンA40
ー1959年:フェラーリ250GT SWB
ー1959年:フィアット1500カブリオレ
ー1960年:X
ー1961年:プジョー404
ー1962年:BMC ADO16
ー1965年:ディーノ・ベルリネッタ・スペチアーレ
ー1966年:フィアット124スポーツ・スパイダー
ー1966年:アルファ・ロメオ・スパイダー
ー1967年:1800ベルリーナ・アエロディナミカ
ー1968年:ベントレーT1
ー1968年:フェラーリ・デイトナ
ー1968年:プジョー504
ー1969年:フェラーリ512 S
ー1970年:モデューロ
ー1971年:プジョー504リビエラ
ー1971年:フェラーリ・ベルリネッタ・ボクサー
ー1974年:CR25
ー1974年:フィアット130マレンマ
ー1976年:ランチア・ガンマ
ー1975年:フェラーリ308GTB
ー1978年:XJスパイダー
ー1980年:ピニン
ー1983年:プジョー205
ー1984年:フェラーリ・テスタロッサ
ー1995年:ベントレー・アズール
ー1997年:プジョー406クーペ
90年以上の歴史 傑作選
1930年にバッティスタ・ピニン・ファリーナによって設立されたカロッツェリア・ピニンファリーナ社は、他のどのデザイン会社よりも美しい自動車を生み出してきたと言えるだろう。
現在インドのマヒンドラ社が所有するピニンファリーナは、アルファ・ロメオ、フェラーリ、プジョーとの関係でもよく知られている。ここでは、ピニンファリーナの代表的なデザインの数々を紹介しよう。
1935年:アルファ・ロメオ6Cペスカーラ
アルファ・ロメオ6C 2300をベースに、テオ・ロッシ伯爵(Count Theo Rossi di Montelera)のために製作されたワンオフモデルがペスカーラ。この年のミラノ・モーターショーで発表されたペスカーラは、同時代の自動車と比べても驚異的なエアロダイナミクスを誇っていた。
1936年:ランチア・アストゥーラ
最高出力83psの2972cc V8エンジンを搭載し、わずか6台しか製造されなかったゴージャスなオープンカー。最初期の電動格納ルーフを備えたモデルでもある。
1947年:チシタリア202
1946年にレーシングカーの製造を開始したチシタリアは、そのわずか1年後に最初のストリートモデルを発表した。まだ多くの新車デザインが戦前の原則に則っていた当時、2シーターの202は革命的な存在であった。1947年から1952年にかけて、170台が生産されている。
1952年:ナッシュ・ヒーレー
1951年に登場したナッシュ・ヒーレーは、美しいというより「興味をそそる」ようなデザインで、戦後の米国初のスポーツカーと謳われた。しかし、1952年にはピニンファリーナのデザインにより、ナッシュらしいルックスを持つモデルが発売された。
1955年:アルファ・ロメオ・ジュリエッタ・スパイダー
ジュリエッタにはセダン、クーペ、ワゴンと一通りのモデルがあったが、ピニンファリーナがデザインしたのはスパイダーだけである。当初は1290ccのツインカムエンジンを搭載していたが、1962年に1570ccエンジンのジュリアへと進化を遂げた。
1953年:フィアット1100TV
1953年、フィアットは1100のセダン、ワゴン、コンバーチブルを導入したが、クーペの製作はピニンファリーナに依頼した。ピニンファリーナは、1100のスポーツ仕様である1100 TV(トゥーリスモ・ヴェローチェ)をベースにクーペを設計。1954年から1956年にかけて、約780台が製造された。