1926年のダブルシェブロン シトロエンB12 ランドレー・タクシー 最後の現存車 前編
公開 : 2022.06.04 07:05 更新 : 2022.08.08 07:10
およそ100年前に製造された、シトロエンB12のタクシー。唯一の現存車といわれる1台を、英国編集部がご紹介します。
BBCが発見した唯一のB12 タクシー
2021年に英国BBCで放映されたドラマ、ザ・パシュート・オブ・ラブ。「フランスの女性は、早朝のパリ北駅でスーツケースにもたれて泣いてはいけません」。と、女優のリリー・ジェームズ氏が演じたリンダ・ラドレットが力強く語りかける。
舞台は1940年代初頭のフランス。石畳の道に、クラシカルなタクシーが並んでいる。市場の可能性に気づいた当時のアンドレ・シトロエン氏は、2000台あまりの特別なボディのシトロエンB12を準備したという。
そのボディは標準モデルとは異なり、パリ北部のルヴァロア・ペレ地区で、手作業で組み立てられた。しかしドラマ化に当たり、BBCは駅前広場に並べられるだけの台数を発見できなかったらしい。実のところ、準備できたのは1台だけだった。
「ベルギーにも、かつて1台あったはずです。タクシーだったので仕方ないでしょう」。と説明するのは、貴重なシトロエンB12 ランドレー・タクシーを5年前にレストアした、マーティン・デ・リトル氏だ。
このランドレーは、現在まで生き抜いた唯一の存在と考えられる。小さな四角いリアウインドウは、果たしてどれだけの距離を見送ってきたのだろう。丁寧な手仕事で、細部に至るまで、骨の折れるような努力が投じられている。
デ・リトルより前に献身的だったのが、シトロエン愛好家だったモーリス・ベイリー氏だった。惜しくも、路上への復活を見届けることなく、この世を去ってしまったという。
人生を支えたシトロエンのレストア
ベイリーはシトロエンだけでなく、タクシーに対しても特別な想いを寄せていた。長年の友人、デ・リトルが振り返る。「彼は生涯独身で、思う存分クルマと関わることができていたと思います」
「英国の国民保健サービス事業に努めていましたが、主にシトロエンを中心に古いクルマのレストアにも時間を費やしてきました。ほかにも、NSUプリンツやロールス・ロイスなども手掛けています」
「彼の生活の一部として、取り組んでいました。お金を稼ぐという目的ではなく、質素に暮らしていましたが、人生を支えるものだったと思います」
「多くのシトロエンに関わった彼でしたが、タクシーもいつかは、と考えていたんです。ある日、パリ郊外の物置小屋で1台売られているという情報を聞きつけ、友人と見に行きました。ひどい状態で、鶏小屋になっていたそうです」
「ランドレー・ボディのタクシー仕様でありながら、自家用で乗られていたらしく、グレードはトップクラス。フロントシート背面のパネルに、2つの穴が空いている点がポイントでもありました。折り畳める補助シートが装備されていたんです」
「ベイリーはフランス語を話せず、コンピューターも使えなかったので、英語の書籍類で情報を調べていました。それでも、クルマについての正確な情報は得ていたようです。彼なりに、考えをまとめながら」