自動車業界の「異端児」? シトロエン代表とパリで過ごした一日 クルマはどうあるべきか

公開 : 2022.08.01 18:05

フランスの自動車メーカー、シトロエン。型に囚われない斬新なスタイルを貫く同社は、「クルマとはどうあるべきか」という独自の視点を強めています。CEOのヴァンサン・コベとパリを巡りながら、その独自性を探りました。

フランスの異色ブランド

エッフェル塔の下で、大の大人2人がシトロエン・アミという小さな小さなクルマに乗り、撮影のために広場のロータリーをぐるぐると回っている。フランスで14歳になると無免許で運転できる2人乗りのEVは、45km/hまでしか出せない。

アミがいつまで経ってもロータリーの渋滞の中にとどまっているのは、筆者の運転手であるシトロエンのCEO、ヴァンサン・コベが最高の写真を撮ってもらおうと走り続けているからだ。

シトロエン・アミは、フランスなど一部の国で運転免許の取得なしに運転できる「超小型車」として発売された2人乗りのEVだ。
シトロエン・アミは、フランスなど一部の国で運転免許の取得なしに運転できる「超小型車」として発売された2人乗りのEVだ。    AUTOCAR

通行人は、誰もわたし達のことを気にしていないようだ。近くにいる青いストライプ入りの白いスコダ(パトカー)に乗った4人の憲兵は別として。彼らは、アミが目の前を何度か通り過ぎるのを見守った後、カメラマンがレンズを交換する間に渋々停車しているわたし達のところへやってきた。トラブルが起きそうな気配だが、コベは対応の仕方を心得ている。

彼はアミの大きなドアを開けて外に飛び出し、両手を広げて満面の笑みを浮かべながら憲兵のもとへ歩み寄る。これは短期間の撮影隊であり、自分はシトロエンの人間だと説明する。「お望みなら、これを1台お譲りしましょうか」と言いながら、アミを指差す。憲兵たちは笑顔で手を振り、走り去った。コベがどのように物事を成し遂げるか、興味深い洞察を得た。カメラはもうバッグの中にしまっておこう。

筆者は、シトロエンを2年ほど率いているこのフランス人男性と、一日の大半を過ごすためにパリへやってきたのだ。彼はダブルシェブロンと生涯にわたって大切に育んできた「縁」があるわけでもなく、どちらかというとグローバルなキャリアを歩んできた。しかし、ステランティスの「異色」ブランドのリーダーとして、彼が適任であることは明らかである。

日産三菱でもキャリアを積む

最初に会ったのは、パリ南西部の郊外ヴェリジーにあるステランティスのテクニカルセンターに設置された巨大な展示室、「未来のシトロエン」だった。ここには、改良したばかりのシトロエンC5エアクロス、優雅なC5 X、そしてアミをミニ・モーク化したようなアミ・バギーが並んでいる。後者はワンオフモデルだが人気が高く、市販化されるかもしれない。

その後、セーヌ川沿いにあるシトロエンの工場跡地に立つ高級レストラン、ル・ビストロ・アンドレで昼食をとる。そして、コベがハンドルを握るアミから、エッフェル塔を眺めるのだ。これ以上のお出かけはないだろう。

シトロエンの歴史を伝えるレストイン「ル・ビストロ・アンドレ」にて、クルマの未来像を語るヴァンサン・コベCEO(左)。
シトロエンの歴史を伝えるレストイン「ル・ビストロ・アンドレ」にて、クルマの未来像を語るヴァンサン・コベCEO(左)。    AUTOCAR

コベの経歴を簡単に振り返ってみる。フランス北東部のナンシー近郊で育ち(母親は教師、父親は税務署員)、土木技師としての訓練を受け、ブルターニュ地方の高速道路建設に携わるようになった。その仕事が、カナダ、フィリピン、シンガポールにおけるフランスの官民パートナーシップにつながる。そして、ルノー・日産の社長だったカルロス・ゴーンと出会い、日産自動車の購買部門に採用された。

3年後、欧州日産の購買部門トップに就任。その後7年間、インド、インドネシア、南アフリカ、ロシアを回り、ダットサンブランドを再スタートさせた。この後、三菱に移り、後のステランティスCEO、カルロス・タバレスや元日産副社長、アンディ・パーマーと旅路を共にする。そして衝撃的なことに、2018年末、全権を握るゴーンが逮捕された。

「いくつもの大揺れを引き起こした」とコベは振り返る。「非常に効果的だった三菱とルノー・日産との協業は、大失敗に陥りました。わたしは6か月の休暇の後、2019年初めにPSAに入社しました」

コベがPSAで働くことになったとき、決まった役割はなかったので、自分からシトロエンのリーダーを希望した。

「マトリックス型の組織だったので、機能、地域、ブランドという3種類の仕事をこなせると伝えました。ダットサンを7年間経営した経験から、ブランドトップを目指すことにしました。選べるならシトロエンのね。シトロエンの自由奔放さ、積極的な姿勢が好きだからです。『必要はないし、非難されるかもしれないが、自分たちが正しいと思うから行くんだ』という自由と挑戦が素晴らしいのです」

記事に関わった人々

  • 執筆

    スティーブ・クロプリー

    Steve Cropley

    AUTOCAR UK Editor-in-chief。オフィスの最も古株だが好奇心は誰にも負けない。クルマのテクノロジーは、私が長い時間を掛けて蓄積してきた常識をたったの数年で覆してくる。週が変われば、新たな驚きを与えてくれるのだから、1年後なんて全く読めない。だからこそ、いつまでもフレッシュでいられるのだろう。クルマも私も。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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