カロッツエリアも苦悶 ジャガーEタイプ・フルア・クーペ 崩せない完璧な美しさ 前編
公開 : 2023.01.14 07:05
完璧な美しさを誇った、ジャガーEタイプ。カロッツエリアによる特別なボディをまとう1台を、英国編集部がご紹介します。
世界で最も美しいクルマと称されたEタイプ
手を加える必要性が一切ないほど、完璧な美しさを湛えるジャガーEタイプ。1950年代の名コーチビルダーでさえも、そんなボディへ何かを付け足すことは、レオナルド・ダ・ビンチのモナリザにヒゲを描くような愚行になり得た。
Eタイプは、世界で最も美しいクルマとすら称されていた。実際、英国のコーチビルダーやイタリアのカロッツエリアが、職人技を施した例は非常に少なかった。それでもゼロではなかった。
工業デザインの父と呼ばれたレイモンド・ローウィ氏は、自身の1966年式シリーズ1でそれに挑んでいるが、成功とは呼べない仕上がりだった。数年前にスタイリングの改善を試みた、BMW 507よりはベターだったかもしれない。
カロッツエリアのベルトーネは、独自のロングノーズ・ボディを載せたジャガー・ピラーナというコンセプトカーを1967年に製作している。しかし数カ月後には、均整のとれたスタイリングのランボルギーニ・エスパーダを発表し、すぐに忘れ去られた。
1970年代初頭には、直線的なボディをまとったガイソンE12 ロードスターが2台作られている。シリーズ3のEタイプがベースだったが、優雅な曲線を描くオリジナル以上の評価を得たわけではない。
それでは、1966年の例はどうだろう。お披露目されたジュネーブ・モーターショーでは、様々な印象を見る人へ与えた。ジャガーMkX風の四角いフロントグリルに無骨なフロントバンパーが組み合わされ、ブランドらしい表情は保っていた。
傑作モデルに特別なボディというアイデア
ボディを仕上げたのは、デザイナーのピエトロ・フルア氏がスイス・ジュネーブに創業したコーチビルダー、イタルスイス。四角いテールライトを覆うように、リアには大きなバンパーがぶら下がった。端正に整えられた容姿とは表現しにくいだろう。
全長はオリジナルのEタイプより約150mm短い。僅かに装飾性が追加されたボンネットは独自に製作されたものだったが、重量がかさみ、操縦性に影響を及ぼしていた。
改善といえる要素も存在はしていた。当時のフェラーリ風ヘッドライトカバーは、ガラス製ではなく軽いアクリル製。重いボンネットにはバルジが与えられ、エンジンの熱を逃がすエアベントも追加されていた。
この点でいえば、依頼者のジョン・クームズ氏がフルアに伝えた要望が具現化されていた。それが唯一だったかもしれないが。
クームズは英国の元レーシングドライバーで、レーシングチームも運営した人物。グレートブリテン島の南部、ギルフォードでジャガーのディーラーを営む実業家でもあり、仕事を進めるなかで特別なボディのEタイプというアイデアを抱いたようだ。
フルアによるEタイプは、1台限りのワンオフ・モデルではなく量産を想定していた。スポーツカーの傑作として、1960年代にはEタイプは珍しくない存在になっていた。欧州の路上では、日常的に目にするスポーツカーになっていたのだ。