4949ccか5752ccか フォード・マスタング ボス302とマッハ1 規制前夜のポニーカー 前編
公開 : 2023.06.04 07:05
レース参戦規定を満たすべく作られたボス302と、より穏やかなマッハ1。レアな2台のポニーカーを英国編集部がご紹介します。
ワイルドな魅力へ徐々に惹き込まれる
やはり場違いだった。グレートブリテン島のカーブが続く狭い道で、1970年式マスタング・ボス302を運転していると、ストレスが溜まってしまう。もっとも、それはクルマのせいではない。これ以上に完璧なマッスルカーは限られるだろう。
お腹の底で共鳴するサウンドを体感していると、壮大な自動車映画のワンシーンが蘇ってくる。年齢によって「ブリット」かもしれないし、「60セカンズ」かもしれない。とはいえ、どちらも牧歌的なノース・ヨークシャー州が舞台の作品ではなかった。
前を走る初代マスタング・マッハ1のテールでは、純正オプションだった大きなリアスポイラーが風を切る。筆者がドライブするボス302も、前後をシャープなスポイラーで武装している。
ロックファンなら、ドアーズのボーカル、ジム・モリソン氏がマスタング GT500を愛したことをご存知かもしれない。このクルマのBGMに「月光のドライヴ」はピッタリだと思うが、理想的には広大な乾燥地帯を突っ走っていたい。
そんな葛藤のなかで、ワイルドな魅力へ徐々に惹き込まれていく。ゴツいハーストのシフターを握り、押し込むように次のギアを選ぶ。右足へ力を込めると、通称シェーカー・スクープと呼ばれる、ボンネットを貫くエアインテークが大きく揺れる。
V8エンジンの轟音が周囲を満たし、ボス302があざ笑うように猛然とダッシュする。洗練された印象ではないが、クルマ好きなら夢中になること請け合いだ。
レース・ホモロゲーション仕様だったボス302
マスタング・ボス302が発売されたのは1969年。今回のクルマのモデルイヤーは1970年式になる。1968年式の390GTや、マイナーチェンジ後のアイコニックな1971年式マッハ1の間に提供された。
これら初代マスタングが現役だった、1960年代後半から1970年代前半は、デトロイトのV8エンジンは自由だった。規制前の夢のような時代といえた。
筆者の前方を走る初代のマッハ1も、ボス302と同時期に作られた。クリーブランド・ユニットと呼ばれる、フォード製の351cu.in、5752cc V8エンジンを搭載している。両車は基本設計を共有するが、ドライビング体験は大きく異なる点が面白い。
その違いを生んだ理由が、ボス302はレース・ホモロゲーション仕様だったのに対し、マッハ1は幅広いドライバーを対象にした特別仕様だったこと。V8エンジンも、ボス302は302cu.in、4949ccと、ひと回り小さい。
1964年に初代マスタングが発売されると、北米では熱狂的な支持を集めた。それに刺激を受けたゼネラル・モーターズ(GM)は、1967年にシボレー・カマロをリリース。フォードは激しい巻き返しを受けた。
1968年には、カマロ Z/28がトランザム・ロードレース・シリーズで優勝。モータースポーツ活動をマーケティングへ結びつけていたフォードにとって、喜べない結果だった。そこで、競争力を高めるべく開発されたのがボス302だ。
カマロ Z/28のように、スポーツカー・クラブ・オブ・アメリカの規定に則り、排気量は305cu.in(4998cc)以下に設定。公道を走れる市販モデルも、一定数生産する必要があった。