【高級サルーン対決】後編 デジタル偏重に疑問 要求に届かぬ洗練性 今やSクラスでは満たされない
公開 : 2021.05.22 21:05 更新 : 2021.07.12 18:49
Sクラスに勝るフライングスパーの洗練性
と、ここまでは静物的な高級品として比較してきた。では、ドライビングはどうか。これはショーファーカーではないのかもしれない、というのが、Sクラスに乗って感じることだ。フライングスパーはというと、少なくともある意味でドライバーズカーだ。
今回のテストに関して、そのことは必ずしもどちらが上かを決定する要素ではない。しかし、メルセデスにとってマイナスなのは、ソフトな乗り心地でコンフォート志向なのは明白なのに、より重く、硬いスプリングを備えたベントレーに、メカニカルな点でも、乗り心地についても、洗練度で遅れをとっているという事実だ。ディーゼルエンジンによるところも小さくないが、それだけが原因ではない。
Sクラス独特のふんわりした乗り心地は、新型でも秀逸で魅力的だ。やわらかくジェントルに走るクルマで、ロールも上下動もフライングスパーより大きい。エキサイティングなところはまったくない。とはいえ、そのソフトさが、ハンドリングを損ねることはまったくなかった。
ただし、テスト車のように、21インチホイールにロープロファイルタイヤを履いた上級グレードでは、路面の隆起や溝を踏み越える際に、Sクラスとしてあるべきよりちょっと大きい打撃音や衝撃を感じる。高速道路でも、路面の荒れたところでは、ロードノイズやソワついた動きが出てしまう。
高級サルーンでは、それ以外の車種より洗練性や静粛性の要求が高くなってしまうのだが、その分野ではほかより優れているべきジャンルなのだからしかたがない。今回試乗した2台は、それぞれ理由は異なるが、その高い水準の要求を満たしているといえるものではなかった。
時代に追い越された高級車の代名詞
フライングスパーは、その要求を完全に満たすレベルには及ばないまでも、かなり近いところにあった。Sクラスより500kgほど重く、ハンドリングでも上回ることを考えると、走らせての比較でも、評価はこちらのほうがずっと上ということになる。
小さい入力に対してはやや脚が硬く、ノイズも期待したよりわずかに大きめだが、スピードを上げると滑るように走り、市街地ではすばらしくクッションが効いた乗り心地だ。また、コーナリングでは非常に安定していて、ドライバーも同乗者も満足させてくれる。
上下動や左右へのロールは、Sクラスのそれとは異なる。ボディコントロールはタイトで、路面の隆起やシャープなコーナーでもすばらしく快適だ。そして、そのことはペースを上げなくてもわかるはずだ。
635psのW12が、330psの直6ディーゼルを打ち負かすのは当然といえるが、高級車においてはパワーだけが判断基準ではない。ドライバビリティや機械としての魅力、音的な洗練ぶりといった点も含めて、ベントレーの12気筒のほうが優れているのだ。Sクラスの71.3kg-mを使い切ることさえ滅多にないのだから、いわんやベントレーの91.8kg-mをや、である。ましてやW12のトルク特性は、パートスロットルでは穏やかで扱いやすい点でも差をつけている。
Sクラスは、ゆったり流しているとじつに気持ちいいが、それもボディサイズを持て余すような状況になるまでのことだ。取り回しを改善してくれる四輪操舵は、英国では上位モデルにしか用意されない。たまにドライブラインが素っ気なさを見せるところもあるが、それでもフライングスパーを走らせるほうが楽しい。
以上の点を踏まえて、われわれはメルセデス最大の高級サルーンを、世界一説得力のある、無駄の少ない、目的に適ったパーフェクトな高級車とみなすことはできない。マーケットは移ろい、その要求が、かつてSクラスが他を圧倒していた能力を追い越してしまった。いっぽうでベントレーのようなクルマのグループは、かつてより技術面で大きく進歩し、多様な領域での完成度を大幅に高めた。
のみならず、Sクラスは以前の技術面や機能面の卓越性を失ってしまったところがあるようにも思える。満ち満ちていた自信の一部もだ。ひとつの時代が終わった、といえるのではないだろうか。そして今、誰もが次になにが来るのかを見極めることに興味津々だ。